北九州市立大学文芸研究会のブログ

北九州市立大学文芸研究会の「新」ブログです。移行したのです。旧ブログはこちら→ http://blogs.yahoo.co.jp/bungeiken8105

お初です。

こんにちは、夜明 雀と申します。読み方は「やめい すずめ」です。初めてこのブログに書き込ませていただくので拙いところもあると思いますが、ご容赦ください。

私事ですが、先日誕生日を迎えました。ラストティーンです。10代最後の誕生日、華の10代だし思いっきり青春を謳歌しよう、と決めた翌日に家でカタカタブログ書いてます。我ながらどーなのよ?とは思いますがバイトもなく暇を持て余した大学生なんて大体こんなもんじゃないですか?

それはそうと、誕生日プレゼントとして、叔父から時計を貰いました。SEIKOPULSARのちょっといいやつです。具体的には諭吉が吹き飛ぶくらいの。Amazonからサプライズで郵送されて来て、かなり驚きましたね。Amazonの宅配物にメッセージカード付けられるの初めて知りました。
実は、時計は高校入学時にかなりいいやつ(今の5倍くらい)の物を親からせびり、貰ったことがあります。文字盤が黒、ベルトと時計自体はシルバーで、防水&ソーラーバッテリの時計でした。ベルトまで金属の時計を持つのは初めてだったのでとても嬉しくて、どこに行くにも付けて行ってたのを覚えています。はい、結論から言うと一年持ちませんでした。原因は紛失です。いやー5万もする時計買ってもらっておいて即紛失って何やってるんですかね。あの頃は若かった……(遠い目)。

私は2月生まれなので「2月はイベントで盛りだくさん!」ってイメージなのですが、実際2月のイベントと言えば節分とバレンタインデーくらいですね。節分はもう終わったので次はバレンタインデーですか。

皆さんはチョコレートを貰えそうですか? 家族や友達、同僚からも嬉しいですが、やはり想い人からのチョコレートが欲しいですよね。朝、下駄箱を開けたら好きな人からのチョコレートが……! みたいな展開、ありがちですが私は好きです。大学生なので下駄箱もへったくれもないのですが、まあその辺は置いておいて。私はそういったこととは縁遠いので、皆さんが想い人からのチョコレートが貰えることを陰ながら応援させて頂きます。私はその日バイトです。元気に日本の経済を回す一員となってきます。社畜万歳! 世の中の全労働者に栄光あれ!

まあ、バレンタインデーなんて所詮平日ですしね、ははは。いちゃいちゃするカップルを尻目にレジを打つのか、と考えると少しばかり気分が萎えますが、よく考えると私はクリスマスイブもクリスマスも大晦日もバイトしてました。今更でしたね。

さて、ぐだぐだと書かせて頂きましたが、今回の更新はここまでとさせて頂きます。また私がブログを書くこともあると思いますので、その時またお会いしましょう。

明けてました

 こんばんは(少なくともこの文章を打っている時間においては正しい挨拶)、水無月 葉六です。

 2018年に突入してからの当ブログ初更新となりますので、少々遅くなりましたが新年のご挨拶をさせていただきます。

 新年、あけましておめでとうございます。

 今後とも北九州市立大学文芸研究会をよろしくお願いいたします。

 

 自分は先週成人式を迎えました。

 成人式に出席したからといってその瞬間から大人に成る、などとは思っていませんでしたし、実際にそんな事はありませんでした。

 式が終わったところで始まる前の自分と比べて何か変わったものはありませんでした。

 失ったものもありませんし、得たものもありません。

 しかし、その日の夜、成人祝いとして貰った金額の合計が今まで手にした事のない金額だと判った時。

 何というか、取り返しのつかないようなものを感じました。

 たとえその金額の全てを使い果たしたとしてもソレを貰う前の状態には戻れないような何かを感じました。

 自分なりに考えてみた結果、ソレは『責任の自覚』なのだという結論が出ました。

 もちろん、今までの人生の中で責任が生じなかった訳ではありません。

 けれどソレは例えば『クラスや学年の代表としての責任』や『部活動の代表としての責任』、『一生徒としての責任』というものでした。

 すると今回の『責任』とは何なのかというと、『【大人】というぼんやりとしたナニカとして生きていく』責任なのだと思うのです。

 何故大量のお金を貰った時にソレを感じたのかは分かりません。

 私がお金大好きマンだからでしょうか。

 たしかにお金は大好きです。

 それとも、その金額の裏にある想いを聞いたことに起因しているのでしょうか。

 

 まあ、大人に成ったという責任を感じる場面、そして【大人】という単語に対する認識は人によって違うと思いますが、『成人』『成人式』『成人の日』という言葉自体は『大人に成るという責任感を己の内に生じさせる』事に一役買っているのだなと思いました。

 

 特にオチはありませんがこれにて以上とさせていただきます。

 読んでいただきありがとうございました。

第一回九州コミティア 感想など

こんにちは、未明です。この記事は9月20日ほどに間違って旧ブログに投稿していまったものと同じ内容です。今日そのことに気付いたので再投稿させてもらいます。
ブログ記事を書くのが久々すぎて、(Twitterならば140字で終わるところ)長い文章をずっと一人語りするという感覚が慣れません。
ところで、私のここ最近の話題といえばこれです。
 
 
9/18(月祝)開催の九州コミティアへ参加してきましたので、感想を徒然と書いていきたいと思います。
 
 
今年2月のプレ開催から怒涛のスケジュールで本開催までこぎ着けたという九州コミティア。確かにプレ開催から数カ月で第一回目を開催するって冷静にヤバい(語彙力)。私もプレ開催の会場で一念発起し文庫本サイズできちんとした同人誌を出すという目標を掲げて半年間原稿の鬼でした。とくに八月はほかのことをほぼ全て擲って執筆していたので勉強ほぼできていません(えぇー)。結果60000字弱の原稿を無事書き上げ、更に2016年から詠みためていた短歌を収録した個人歌集もひっさげ九州コミティア本開催に乗り込むことができたわけですが…… なんかもう60000字書いたという経験のおかげで20000字の卒論が怖くありません。嘘です。それとは話が別だ。
会場は小倉(クソ地元)の西日本総合展示場。ここでは昨年まで小倉コミックライブというオールジャンルイベントが定期開催されており、私にはかなり馴染みの場所です。コミライは参加者減少などによって開催終了していしまいましたが…… 
前日の台風で17日開催だったCOMIC CITY福岡44に参加できませんでしたが、18日当日は晴れ。青空が見えていました。交通機関も無事。予定通り小倉に着くことができました。
総合展示場の会場にずらーっとならんだ机が圧巻でした。コミライは年々規模が小さくなっていましたから、こんなに机が配置されているのを見るのはほぼ初めてという感じ。それだけで感動です。
単身でサークル参加のため途中で離席するのがなかなか面倒。解っていましたが、買いたいと思っていた同人誌を二冊ほど逃すという痛恨のミス…… そしてやはりクソ地元(というより我が大学の周辺)ということもあり、大学のフレンズやバイト先のフレンズにまで遭遇してしまいヒョエッを三回くらいやりました。みんな創作が大好きなフレンズなんだねー!
もともと参加を知っていた知り合いも含め、僭越ながら差し入れにチョコレートを投げつけさせていただきました。みんな楽しんでくれよな。
私のスペースにもちらほらと来場者さんが来てくださり、たいていの方がお品書きを一度はしっかり見てくださっていたのでA3サイズのお品書き強いなということを新たに発見しました。サークル参加される皆さん、お品書きはA3サイズがいいようですよ。ネットプリントでA3サイズ印刷できます。カラー100円、モノクロなら20円。ぜひ試してみましょう。
新刊もこれまで参加したどのイベントよりもたくさん買っていただけました。やはり創作オンリーというのは強いです。30分に一冊以上は売れていた計算なので、たいした宣伝もできていない文芸ブースのサークルとしてはそこそこ健闘した感触です。また、今年5月に参加したCC福岡で新刊の告知を見たという方もいて、宣伝効果は馬鹿にできないなあと実感しました。既刊も買ってくださっていたようで、リピートしていただけるとはこんなにも嬉しいものなのかと感動していまします。今作も楽しんでいただけたらいいなあ。
イベント全体の印象としては、関東や関西のコミティアに比べてしっとりしていたそうです。名古屋コミティアに雰囲気が似ていたという声もTwitterにありました。確かに皆さんけっこう静かに巡回されていたような気が…… でもどの方もだいたいトートバックを手にしていて歴戦の猛者の風格がすごかったです。あとは台風の影響で遠方の方は来られなかったのかもしれませんね。
次回の開催は2018年秋とのこと。記念すべき第一回の九州コミティアが無事に開催され、その場に立ち会えたこと本当によかったと思います。高校生の頃から憧れだったコミティアがまさか九州で実現しようとは、当時は夢にも思っていなかったです。スタッフの皆さんは本当にお疲れ様でした。次回も楽しみにしています。末永く愛されるイベントになっていただきたい。
 
今回頒布した私の個人同人誌は10/8(日)開催第三回文学フリマ福岡にて、我が文芸研究会のスペースに置かせてもらう予定です。また新しい出会いがあるといいなと思います。
最後に告知になりますが、北九大文芸研究会は第三階文学フリマ福岡の【う-09】にて参加、頒布物は年一回発行の部員全員が作品を寄せる「北九州文学2017」です。前作に引き続き、私が表紙デザインをさせていただいています。お越しの方はぜひお立ち寄りください。
 
 
 
 

ショッカー襲来

こんにちは、わをんです。

アルバイト先に「ショッカー」がやってきました。

仮面ライダーに悪の組織の下っ端として登場する、あのショッカーです。

 

夏の子ども向けイベントの一環だったのですが、

懐かしがる大人たちとは対照的に子どもたちは泣きわめくばかり。

そりゃあ、あんなぴっちぴちの全身タイツに身を包み、覆面をかった

大の大人が「ヒィー!」だとか「イィー!」だとか奇声をあげれば

怖がるのが自然の道理というものです。

 

怖がる子どもたちを横目にその保護者たちは、

「最近の子はショッカーとか知らんもんなあ」と言いながら

自分から写真撮影を依頼したりと、むしろ大人受けしてしまったイベントでした。

 

そしてイベントが終わり、ショッカーたちも更衣室に撤収したあと。

誰かが私の袖を引っ張るので振り返ると、

四歳くらいの男の子が泣きはらした目でこちらを見上げています。

こちらも腰をかがめて、その子に目線を合わせてから「どうしたの?」ときくと

「もう、ショッカーおらんくなった?」と訊かれます。

私はその子がとても怖がっていたのを覚えていたので、

「大丈夫だよ、もうあの黒いのはみんなどっか行ったよ」と教えました。

するとその子は、そっか、と呟いて目を伏せてから、

 

「ショッカーと。。。握手、したかったな。。。」

 

と、こぼしたのです。

その男の子がとっても可愛らしく、微笑ましい一日でした。

夏、到来

どうも、水無月葉六です。

『二年生になったなー』なんて思っていたら、『期末試験』の四文字が脳裏をちらつく季節になりやがっていました。

試験の事なんて今考えても仕方がないので、ここ数ヶ月の事を振り返ろうと思います。

沢山の新入生たちが、この文芸研究会へと入ってくれました。

中には、自分なんかよりもよほど文芸に対する知識や熱意を持っている一年生の方々もいて、『もう僕は引退しても構わないんじゃないか?』と考えています。

『最近読んだ小説は?(この場合は市販のモノ)』と聞かれても、最近(一年前)読んだ小説しか答える事が出来ない葉六さんはガクガクに震え上がっている状態です。

そして、『破天荒 瞬花祭特集号2017』では編集作業を担当させていただきましたが、一年生の原稿のクオリティに脱帽しました。

もちろん、同級生や先輩方の原稿も素晴らしく、いち早く読める自分は幸せ者だとも思いました。

その分、完成した『破天荒』を読んで気づいた自分の編集ミスのショックも大きかったので、今後は更に気をつけて編集作業に精進したいです……

……ところで最近、自分の中で『破天荒』をweb公開する事は出来ないのかなーという疑問が生じています。

編集作業をする中で、『もっと多くの方々に読んでほしい』と、ふと思ったので、しれっとここに書いておきます。

これは文芸研の活動とは関係が無いのですが、最近はイラストを描く事にもハマっています。

最近はスマホと指だけで絵を描けるようになったので、『凄い時代になったもんだ』と感激しました。

ちょっとした諸事情で、肌色を塗ったつもりが他の方には緑色に見えていた……という悲惨な出来事もあったので、イラストを描く事についても更に精進したいなーと思っています。

と、一通り振り返ってみたので、タイトルについて触れますが、

最近になって、一気に夏が来た気がします。

今日(7/9)の夕方頃に、出先で通り雨に遭ったのですが、暑さと湿り気が合わさって地獄と化していたので更にそれを痛感しました。

水分補給、塩分補給は欠かさないようにこの夏を乗り切りたいですね。

あ、それと、日焼け止めも適度に使用すると良いかもしれません。

以上、信じられないくらい日焼けしたせいで、一時期風呂に入るのが嫌になっていた水無月葉六でした。

読んでいただき、ありがとうございます。

時代は変わる

 どうも、ご無沙汰です。色無垢です。ブログはおろか原稿すら書いていないぐうたら人間になってしまってるので、いい加減行動しなければと思っております。

 唐突ではありますが、チャック・ベリーという方をご存知でしょうか?ロックンロールの創成期において活躍し、ビートルズなど後世のアーティストに多大な影響を与えました。90歳を迎えてもなおステージに立つパワフルな方でしたが、先日お亡くなりになりました……。

 私はそのニュースを知ったときこう思いました。

「ああ、一つの時代が終わってしまった」と。

 世代交代、ってことでしょうか。何かが生まれるたびに何かが失われる。音楽に限らないことではありますが、自分としては大きな砂時計がひっくり返ったような衝撃です。それだけ彼の残した音楽、ロックというのは非常に大きい存在だと思います。

 それは我が文芸研も他人事ではありません。先輩方が卒業し、あるはずの物語が消えていってるというのは悲しいものです。しかし、新たに生まれるのです。

 つまり、そう、新入生がやってきます!

 どれだけ入ってくれるのか少々不安ではありますが、大学生になったばかりの可能性のある彼らの物語に出会うことが出来るのです。そしてめでたくも昨日一人入部者が誕生いたしました!

 時代は変わるのです。前に、前に。

 私の原稿も進歩していけたらな……。

沈黙!春眠暁の会!

どうも、鈴木達也です。前回は大学デビューについて書きましたが、今回はサークル選びについて書こうと思います。

 

大学入りたてぴかぴかの新入生を待ち受けているのはサークルの構成員とさせるべく繰り出しているサークルの勧誘員です。

目をぎらぎらさせて新入生を睨みつけ、隙あらばビラを押し付ける・・・ あるところは囲い込みをして逃げられなくする・・・あるところは甘いことを言って釣り上げる・・・なんだか世も末な感じがします。結局彼らは自分たちの仲間になってくれる期待があるからこんなことをしているのです。4月の初めの数週間はどこのサークルもパーティやら歓迎会やらを催して獲物をおびき寄せます。

一度新入生がそこに居心地のよさを感じてしまったらもう彼らの思うツボです。

その後はすぐさまサークルの一員です。新入生はそのサークルに関わらずにいることができません。

しかし、新歓の時期が終わったあと、あれだけ熱心に勧誘し、ビラを渡してきた人たちが新入生に見向きもしません。これは一体どういうことでしょうか?

彼らにとっての新入生の価値とは、自分のサークルに入り貢献してくれる後輩、いわば一種の資源としての存在でしかないのです。さらに極端に言ってしまえば、彼らにとって、入ってくれる人は別に誰でもいいのです。あなただから勧誘した訳ではなくて、勧誘した人がたまたまあなたであったというだけのことです。あなたである必然性は何処にもありません。

しかし、大抵の人はそのことに気づかず、サークルの中でのなれ合いで鈍感になっていきます。何故ならそのほうが楽しいからです。いちいちつまらないことを気にしないで

もっと遊ぼうよ。彼らは言います。

それでいいのでしょうか? 前回私は人の生きる意味というのは他人からの評価で決まると書きました。それだからこそ、人が堕落する原因にもなるのです。例えばガリレオの例を引き合いにだすならば、今でこそ彼は名高い科学者ですが、彼が生きていた当時のヨーロッパではキリスト教の規律が厳しく彼は軟禁されてしまいます。

このように人の一生はまわりの人間によって左右されます。

サークルだって例外ではありません。サークルの中で恋人ができ、そのまま結婚するかもしれませんし、仕事が決まったりして将来が決まるかもしれません。

ですから、ここで言いたいことは、サークル選びは慎重にするべきなのです。活動内容、雰囲気、あらゆることを判断材料にして自分にあったサークルに入るのがよいと思います。

なぜなら、今の俺は何もかもを無くしてしまったから。

かけがえのない仲間、思い出、恋人・・・全てこの手で殺めてしまった。

今大学は燃えている・・・全てを清算するために。

これが俺の答えだ。